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高松高等裁判所 昭和44年(う)100号 判決 1969年6月30日

控訴人 検察官

被告人 浜田明

主文

原判決を破棄する。

本件を八幡浜簡易裁判所に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある高松高等検察庁検察官島岡寛三提出にかかる八幡浜区検察庁検察官事務取扱検事岡田照志作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、記録に編綴してある弁護人清家栄作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

検察官の所論は要するに、原判決が告訴人松本シズヱの告訴権を否定して本件公訴を棄却したことは、不法に公訴を棄却したものであるから、破棄を免れないというのである。

そこで記録を調査すると、原判決は、「被告人が昭和四三年五月一四日と同年七月一五日の二回にわたり松本シズヱ所有のブロツク塀を損壊した」との公訴事実について、証拠調の結果、右損壊されたブロツク塀は松本シズヱの所有ではなく松本政男外二名の共有に属するものと認定した上、器物損壊罪の告訴権者は当該物件の所有者と解すべきであるから松本シズヱには告訴権がなく、本件については所有者たる松本政男外二名の告訴がないので、公訴提起の手続が不適法であるとし、公訴棄却の言渡をしたことが明らかである。

よつて先ず右判断の基礎となつた事実関係について検討するに、本件記録によれば、被告人は愛媛県西宇和郡三瓶町大字下泊二九〇番地の畑を所有し、松本政男、松本篤昇、中村鶴代の三名は右畑に隣接して同所二八九番地の宅地と地上家屋を共有(亡父松本芳太郎の遺産を共同相続によつて取得)しているものであるところ、かねて右両地の境界につき紛争が絶えなかつたこと、右二八九番地上の家屋には亡芳太郎の長男である松本政男がその妻シズヱと共に居住し農薬を営んでいたのであるが、政男が昭和四二年八月から米国へ出稼に赴いたので、その後はシズヱが子供らと共に右家屋に居住し、その敷地である右宅地を占有管理し、従前どおり農業を営んで留守宅を守つていたこと、シズヱは昭和四二年一二月初旬頃、夫の弟であり土地共有者の一人である松本篤昇と相談の上、隣地との境界を明らかにして住居の平穏を守るため、右二八九番地の宅地上に隣地に接して本件ブロツク塀を築造したこと、右築造費用は夫からの送金と自己の農業収入金から支弁したこと、ところが被告人は、右ブロツク塀が自己所有の畑地上に築造されたとして憤慨し、前記公訴事実のとおりこれを損壊したこと、本件公訴は松本シズヱの告訴に基いて提起されたものであること、以上の事実が認められる。そして以上認定の事実によれば、松本シズヱが築造した本件ブロツク塀は、民法二四二条の附合の規定によりその敷地共有者たる松本政男外二名の所有に帰したものといわねばならない。

そこで以上の事実関係のもとにおいて、松本シズヱが本件ブロツク塀の損壊につき告訴権を有するか否かについて判断する。

元来器物損壊罪の保護法益は、財物の交換価値及び利用価値に存するのであるから、当該物件の所有者が同罪の被害者として告訴権を有することは勿論であるけれども、同罪の被害者、即ち告訴権者を所有者だけに限定して解することは必ずしも当を得たものではない。けだし、所有者以外の者であつても、たとえば賃借人等の如く適法な占有権原に基づいて当該物件を占有使用している者は、これを使用収益することによつて、当該物件の利用価値、即ち効用を享受しているのであるから、右のような用益権者が適法に享受する利益もまた所有権者のそれとは別個に保護されて然るべきであり、刑法上ことさらこれを保護の対象から除外すべき根拠はない。このことは、刑法二六二条が物の賃借人等の利益を独立して保護の対象としていることからみても明らかである。

そして本件の場合、松本シズヱは本件土地家屋やブロツク塀の所有者の妻として、正当な権原に基き右物件を占有使用し、本件ブロツク塀によつて他人の侵入を防止し、境界を明白にし、平穏な家庭生活を維持するという効用を適法に享受している者であり、殊にその占有使用は、単なる契約による賃貸借や恩恵的な使用貸借に基くものではなく、妻が所有者たる夫に代つてその留守宅を管理するという高度の占有権原に基くものであり、社会通念上所有権者自体の占有使用と等質の内容を有するものである。従つて、同人の享受する使用利益は、所有権者のそれに比肩すべきものであるから、単なる契約による賃借人等の使用利益に比し、刑法上より厚い保護に価するものといわねばならない。

そうだとすると、松本シズヱは本件ブロツク塀を損壊されたことにより、その物の効用を適法に享受する利益を害された者として同罪の被害者に該当し、同罪につき告訴権を有する者というべきである。

してみると、本件公訴については被害者松本シズヱの適法な告訴が存するにもかかわらず、同人には告訴権がないと判断して本件公訴を棄却した原判決は、不法に公訴を棄却した違法が存するものといわねばならず、到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項、三七八条二項により原判決を破棄し、同法三九八条により本件を八幡浜簡易裁判所に差戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 呉屋愛永、裁判官 三木光一 裁判官 奥村正策)

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